ネタの種
先月の初旬、家族旅行で下関へ行ってきた。ご存知、NHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」のおかげで今、下関はブームである。せっかくだから「巌流島」へ渡ったが、渡れるようになったのは意外にも放送が決まってからだそうだ。1日に2回、島で武蔵と小次郎の寸劇が行われるのだが、それ以外は何もない本当に小さな島である。娘達はちゃっかり、武蔵と小次郎との4ショットを撮って喜んだ。 巌流島から東北の方向にある、関門橋を越えた海域が「壇ノ浦」である。源平最後の合戦地として有名だが、なぜか壇ノ浦が神戸の須磨のことだと思っている人は結構いる。一の谷と混同しているせいかもしれない。源平の合戦は、源義経3千余騎が鵯越えの急斜面から奇襲をかけた須磨「一の谷」、那須与一が扇の的を射抜いたことで知られる四国「屋島」、そして最後の決戦地、山口県下関の「壇ノ浦」へと続くのである。 この壇の浦に没した平家の怨霊に、耳を引きちぎられるのが「耳なし芳一(ほういち)の話」だ。作者「小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)」の死の年(1904年)に出版され、世界的に有名になった「怪談」の巻頭を飾ったのがこの作品である。 「平家物語」を語る盲目の琵琶法師、芳一が平家の怨霊に惑わされ、「阿弥陀寺(あみだじ)」にある平家の墓所で、毎夜壇の浦合戦の悲劇を物語る。そのことを知った和尚が体中に「般若心経」を書きつけ、怨霊から芳一を護るが、耳にだけ経文を書くことを忘れ、その耳を怨霊が引きちぎって立ち去るという物語である。 実は、私の作った楽曲にも「耳なし芳一」という作品がある。もちろんこの小泉八雲の作品がモチーフというわけで、今回の旅行におけるもうひとつの目的は、阿弥陀寺を訪ねることだった。阿弥陀寺は明治以降「赤間神宮」と呼ばれ、壇ノ浦の戦いで入水した幼少の安徳天皇を奉っている。そして、本堂の横手には「芳一堂」があり、芳一の木像が収められている。また、小さいながら関連の展示場もあった。 このように毎年家族で、歴史を訪ねる旅行をすることにしているが、実際娘達は両親の企画に、のこのこついて来るだけのことである。私の芳一に関する解説に、早々に飽きてしまったようである。そこで、赤間神宮の入り口にある茶店でアイスクリームを奢ってやったら機嫌がなおった。若い娘達は、アイスクリームには耳ではなく、目がないらしい。(2003年9月8日)
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